隠善智也~打率10割で引退した天才バッター

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やっほーおはあんず~

今回取り上げたいのは、育成指名から這い上がり、2軍で結果を出し続けた天才バッター・隠善智也さんです。

現役時代は1軍機会に恵まれず、引退後は球団職員に転身した隠善さんについてまとめていきます。

主な経歴

広島国際学院高校から広島国際学院大学を経て、2006年に巨人から育成4位指名。突出した打撃センスを買われての指名でした。

その打撃センスは1年目から発揮されて、イースタンでは打率.284。支配下候補と目されると、2008年の開幕前には早速支配下登録。

その2008年には1軍でも36試合に出場して3割近い打率を残すなど、若き天才バッターとしてとんとん拍子に進んでいきました。

 

ところが翌年以降は、2軍で結果を残しても1軍で出番がもらえない日々が続きます。

2009年は1軍3試合に留まると、2010年は出場無し。2012年に4年ぶりの1軍安打を放つものの、目立つ活躍が出来ないまま、2015年に戦力外通告。

3試合の出場ながら、2打数2安打で打率10割を記録していたシーズンのことでした。

間違いなくパフォーマンスが落ちていたわけではありませんが、これをもって現役を引退。その後は巨人の球団職員に転身しました。



通算成績

(1軍)

2008 36 63 62 18 0 4 .290 .302 .323
2009 3 2 2 0 0 0 .000 .000 .000
2011 3 1 1 0 0 0 .000 .000 .000
2012 22 25 21 2 0 1 .095 .240 .095
2013 1 1 1 0 0 0 .000 .000 .000
2014 11 29 28 9 0 0 .321 .321 .321
2015 3 2 2 2 0 2 1.00 1.00 1.00
79 123 117 31 9 7 .265 .295 .282

9年間の現役生活で、79試合の出場。

本来ならばほとんど出ていないに等しいんですが、正直印象よりもかなり出ています。

特に支配下以降は、2010年を除いて毎年1軍出場があった事実には驚きました。

ここまで毎年1軍機会を与えられるきっかけになったのが、以下に挙げる2軍成績です。

(2軍)

2007 42 99 88 25 1 8 .284 .333 .318
2008 55 235 209 58 5 25 .278 .338 .397
2009 64 206 195 54 3 25 .277 .312 .400
2010 78 174 155 34 4 17 .219 .295 .355
2011 107 364 329 107 1 33 .325 .352 .410
2012 84 321 284 93 6 35 .327 .364 .444
2013 81 200 193 57 2 17 .295 .323 .415
2014 51 160 148 43 3 23 .291 .338 .412
2015 80 297 274 81 3 36 .296 .324 .376
642 2056 1875 552 28 219 .294 .334 .397

例の2010年以外は、毎年2割後半~3割半ばを安定してキープ。

よく言われていたのが、「2軍で調子のいいときに呼ばれなくて、山が過ぎた頃に1軍に行って結果が出ない」ということでした。

実際どうなのかは怪しいですが、そうも思いたくなるような打撃センスを持つ選手でした。



PICK UP GAME

2008年5月11日vs中日第9回戦(東京ドーム)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
0 0 3 0 0 0 0 0 0 3
1 0 0 1 1 3 3 0 × 9

:S.グライシンガー(5勝)

:中田賢一(3敗)

本塁打:A.ラミレス11号(4回ソロ)小笠原道大8号(6回ソロ)

試合概要

中日戦カード勝ち越しが懸かったこの日は、移籍1年目からエース級の働きをしていたグライシンガーが先発した。

初回に1点をもらったグライシンガーだったが、3回に四球がらみで崩れて3失点。序盤をビハインドで終了する。

それでも打線は4回に、4番のラミレスのホームランで1点差とすると、5回には亀井義行にタイムリーが生まれて同点。

さらに6回にはオガラミアベック弾となる小笠原道大のホームランで勝ち越すと、打線が繋がり3得点。さらに7回にも3点を加えて、試合を決定づけた。

 

中盤以降立ち直ったグライシンガーは、7回まで投げて3失点で5勝目。

チームも週末の中日3連戦勝ち越しを飾った。

活躍

この年シーズン前に支配下登録された隠善さんは、春先一度登録抹消からの再登録。

この日は谷佳知さんの代役として、7番・ライトでプロ初スタメンを飾っていました。

第1打席こそ空振り三振に倒れたものの、5回の第2打席は先頭打者でライト前ヒット。この後盗塁を決めて、亀井義行のツーベースで同点のホームを踏みます。

 

さらに第3打席では、チャンスで打席に入ってセンター前ヒット。

貴重な勝ち越し点をもたらすと、続く第4打席ではライトへツーベースヒット。

この日3安打目は走者一掃のタイムリーとなり、終わってみれば4打数3安打3打点の大爆発。

そのバッティングセンスから、「隠善智也は天才打者である」ことを周知させた試合でした。



思いで

「足が普通で左利きの立岡宗一郎」

隠善智也という選手を誤解を恐れずに説明するなら、私だったらこうします。

 

代走、守備固めはとんでもない。長打も特にはない。四球も選ばない。1軍実績も後ろ盾(ドラフト順位、出身校)もない。

そんな選手がなぜ9年間も、黄金時代が2回重なった巨人一筋で現役を突き通せたのか?

唯一の理由が、天才・高橋由伸が認め、長年自主トレを行うほどの、「打撃センス」でした。

 

野球は基本、打てる人が偉いスポーツです。

レギュラーメンバーを選ぶなら、チーム内で打てる順番に並べれば、ほぼ間違いありません。

隠善智也は「打撃センス」という点において、間違いなくその中にいました。

ただ、何が何でも「その他」を持っていなさすぎました。そのせいで、打てるのは分かっていても、中々1軍では使いづらい存在でした。

 

それでも、その現実が誰の目にも明らかでありながら、才能が開花する日を信じて、球団は9年間も待ち続けました。

そのことが、「隠善智也」という選手を形容する、最も偉大な事実だと思います。

じゃあね~また明日~

おつあんず~





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