エドガー・ゴンザレス~巨人史上初の出戻り助っ人

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やっほーおはあんず~

今回取り上げたいのは、巨人史上初の出戻り助っ人として知られる、エドガー・ゴンザレスさんです。

2010、2012と2年間巨人に在籍し、引退後はメキシコ代表の監督も務めたエドガーについてまとめていきます。

 

主な経歴

メジャーでは内外野どこでも守れるユーキュリティープレーヤーとして活躍し、2010年に巨人に入団。唯一の課題であるセカンドのレギュラーとして期待されました。

ところがシーズンが始まっても、今ひとつ打撃状態が上がらず、1年を通して3度の登録抹消。

セカンドとしては物足りない守備力、ファーストとしては物足りない打撃力ということで、オフに自由契約となりました。

 

このままだとただの「1年だけいたちょっと期待外れの外国人」なんですが、2012年に事件が起きました。

エドガーの退団翌年に導入された統一球が猛威を振るい、主力選手の成績が大幅に悪化。特に影響を受けたのがファーストを守る小笠原道大で、穴埋めできる選手もいない状況でした。

そこで白羽の矢が立ったのが、最近日本球界でそれなりに打ってた実績のあるエドガー。

例の2011年以降に獲得した新外国人(ライアル、フィールズ、ボウカー)は揃って戦力にならず、「新たなところに手を出すよりかは……」という流れだったと思います。



この思惑が案外当たって、エドガーは来日後からファーストのレギュラーを獲得する活躍。

キャッチャーが4番を打っていた時代。決して目立ちはしなくても、穴にならないレベルで下位打線を埋めてくれるエドガーは十分でした。

それでも夏場に入った頃から徐々に成績を落とし、8月には2軍降格。ボウカーとは対照的に、ポストシーズンでも目立った活躍は出来ないまま、この年もオフに自由契約となりました。

その後現役を引退したエドガーは、国籍を持つメキシコ代表の監督に就任するなど、指導者として新たな一面をみせている。

 

通算成績

2010 100 327 289 76 12 44 .263 .342 .457
2012 57 190 174 41 4 19 .236 .291 .374
157 517 463 117 16 63 .253 .323 .425

2010年はイメージよりも打ってるんですが、この頃の外国人助っ人としては物足りない数字に。

少なくとも守備を犠牲にセカンドorとにかく打って欲しいファーストとして、翌年以降も契約したくなるほどではありませんでした。

逆に2012年は「2010年と同じくらい打ってくれれば十分……」と思って契約したはずですが、到底そこには及ばない数字になってしまいました。



PICK UP GAME

2010年7月30日vs広島第12回戦(マツダスタジアム)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
0 1 0 0 0 7 0 0 0 8
1 0 1 0 3 0 0 0 0 5

:L.ロメロ(1勝)

:前田健太(5敗)

セーブ:山口鉄也(5勝3S)

本塁打:E.ゴンザレス7号(6回満塁)坂本勇人19号(6回ソロ)

試合概要

7月最後のカードは、敵地での広島3連戦。

ここまで対広島戦11試合で9勝を挙げていた巨人だったが、この日は5回までに5点を失う苦しい展開となった。

しかし打線は6回。

それまで3安打に抑え込まれていた前田健太からヒットと四球でチャンスを作ると、阿部慎之助が押し出し四球を選んで3点差。

さらに脇谷亮太のタイムリーで1点を返すと、ピッチャーのロメロに代わって、代打でエドガー・ゴンザレスを起用。

そのエドガーが逆転の満塁ホームランをたたき込むと、続く坂本勇人も2者連続のホームラン。この回一挙7点を挙げ、逆転に成功する、

ここから4イニングは、久保裕也→MICHAEL→越智大祐→山口鉄也と繋いでシャットアウト。

早くもシーズン広島戦10勝目を記録して、ロメロは来日初勝利となった。

 

活躍

正二塁手候補と期待されて入団したエドガーでしたが、開幕から好不調の波が激しく、ここまで2度の登録抹消。

気がつけば脇谷亮太にセカンドの座を奪われ、この時期になっても打率は2割5分に満たず、10日前の試合を最後にスタメンを外れ続けていました。

そして迎えたこの日の試合。

ベンチには、代打の切り札として高橋由伸さんがスタンバイしていました。



ところがこの回、3点差で1アウト満塁のチャンスとなった段階で、当時不調だった長野久義に代えて代打でその高橋由伸を起用。

これが外れて見逃し三振に終わったため、ピッチャーの代打1番手がエドガーになりました。

そのエドガーが満塁ホームランという最高の結果を出して、諸々のミスも帳消しに。

この日以降エドガー自身もファーストでのスタメン出場が増えていき、最終的にまずまずの打撃成績に。

この試合がなかったら、2012年の出戻り招集もなかったはずです。

 

思いで

「悪くはないけどよくもない」

の代表的な助っ人選手だったと思います。チームにいてくれる分には問題なくても、それが外国人である必要はありませんでした。

それでも自前助っ人という点においては、当時はかなり優秀な選手でした。

近年はかなりの割合で当たりを引いている自前外国人選手ですが、2000年代は翌年残す気にもならない選手が大半。その点エドガーは、ある程度しっかり活躍して、残っていても不思議じゃないレベルの存在でした。

実際2年後には呼び戻された事実や、引退後に代表監督をしている実績を思うと、プレーヤーとしての人格はかなり高かったんだと思います。

じゃあね~また明日~

おつあんず~





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