星野真澄~「野球っていいな」育成の星になり得た左腕

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やっほーおはあんず~

今回取り上げたいのは、育成選手として巨人に入団して、2010年に34試合に登板。2012年には初勝利を挙げるなど、育成の星になり得た左腕・星野真澄さんです。

晩年は怪我にも悩まされ、結果的に思うような活躍とはならなかった星野さんについてまとめていきます。

主な経歴

埼玉栄高校では3年間、ベンチに入れずに過ごすと、大学は愛知工業大学へ進学。

ここで一度頭角を現し、社会人の世界に進んだものの、2年目のドラフトで指名漏れ。

プロにこだわり独立リーグ・信濃に入団し、先発投手として結果を出して、2009年の育成ドラフト1位で巨人に指名されました。

 

その後は育成選手ながら、早くから注目を集める存在となって、シーズン前の3月に支配下登録。

4月には早速1軍に昇格すると、地味な場面中心ながら34試合にリリーフ登板。山口鉄也に次ぐ左の2番手投手として、1軍ブルペンを支えた。



翌2011年は1軍登板こそ3試合と激減したものの、イースタンでは先発も含めて34試合に登板して防御率2.17。チーム2位の95回1/3を投げるなど、新たな可能性を見いだした。

2012年から背番号が「60」に変更されると、5月27日の日本ハム戦を3回パーフェクトでプロ入り初勝利。

野球人生の絶頂を迎えたものの、その後2試合の登板で登録抹消。8月には左股関節唇の修復手術を受け、長期離脱が確定すると、翌年は育成契約に。

その後すぐ支配下には戻ったものの、1軍マウンドに戻ってくることは出来ずに、2014年オフに戦力外通告。

その後はクラブチームに活躍の場を移し、選手兼任コーチとなっている。

 

通算成績

H S
2010 34 0 0 1 0 24 34.1 3.93
2011 3 0 0 0 0 1 2.2 13.5
2012 6 1 0 1 0 7 10.1 3.48
43 1 0 2 0 32 47.1 4.37

イメージよりは投げてますが、本来もっと出番があってもよかったピッチャーだと思います。

2011年が統一球で一番チャンスがあったと思うんですが、そこで結果を出せずに炎上。選手としてのピークを迎える30歳手前で大けがをして、気がついたら若くもなく実績もない微妙な立場になってしまっていました。



PICK UP GAME

2012年5月27日vs日本ハム(東京ドーム)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
0 1 0 0 0 1 0 0 × 2

:星野真澄(1勝)

:武田勝(2敗)

セーブ:西村健太朗(11S)

本塁打:阿部慎之助6号(2回ソロ)

試合概要

前日の試合で10連勝がストップしていた巨人はこの日、2年目の長身右腕・小山雄輝をシーズン初先発に送り出す。

その小山は初回に1点を失ったものの、2回3回はランナーを許しながらも粘って無失点。序盤の流れを作る。

試合は2回に阿部慎之助のホームランで追いつくと、3回の小山の打席で早速代打を送って継投開始。

4回からマウンドに上がった星野真澄が3イニングをパーフェクトに抑えると、6回裏に坂本勇人のタイムリーが飛び出して勝ち越し。

 

この1点のリードを、福田聡志→山口鉄也→西村健太朗の投手リレーで逃げ切って勝利。

2番手の星野がプロ入り初勝利を挙げるとともに、山口鉄也は開幕から22試合連続無失点を記録した。

活躍

「野球っていいなと思いました」

歴代のヒーローインタビューでも屈指の名言が飛び出したのが、この試合でした。

無名の学生時代から社会人を経て独立リーグに入団し、プロからは育成指名。

その後支配下登録を果たしたものの、中々日の目を浴びなかった男の言葉だからこその重みがありました。



また、この試合は采配の妙もありました。

先発の小山に対してはあっさり3回で代打を送ったものの、星野さんの5回の第1打席はそのまま打席へ。

これで3アウト目を取られた後、星野さんは6回の3イニング目を無失点。その裏1番からの攻撃で、ヒット→バント→タイムリーの流れるような攻撃が生まれました。

 

思いで

育成の星1号が山口鉄也なら、2号が松本哲也。その第3号に最も近かったのが、星野さんでした。

先述の通り、そうなり得るチャンスが一番高かったのが2011年でした。

前年34試合に中継ぎ登板して、防御率3.93。これは山口鉄也さんの支配下1年目(32登板、3.91)と同水準でした。

違いがあったとすれば、先発への期待値。山口さんは2年目もリリーフ1本だったのに対して、星野さんはアマチュア時代は先発投手。ファームでも先発である程度抑えていたため、両にらみのような格好になって、1軍が遠ざかっていたんだと思います。

 

この年中継ぎ左腕の2番手が高木康成さんの防御率3.72なので、ファームでも中継ぎ1本だったら、十分太刀打ち出来たはずです。

逆にこれ以降は、高木京介や青木高広の加入もあったため、優先度が下がって厳しい状況に追い込まれていけました。

結果的にもったいない印象の強いプロ生活となりましたが、育成の星になり得ただけの素質を感じさせた選手でした。

じゃあね~また明日~

おつあんず~





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