加治前竜一~ラッキーボーイといえばこの男!

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やっほーおはあんず~

今回取り上げたいのは、プロ初打席サヨナラ弾という世界初の快挙を成し遂げた、加治前竜一さんです。

巨人退団後の現在も社会人でプレーを続ける加治前さんについてまとめていきます。

主な経歴

奈良の智辯学園高校から東海大学に進み、2007年の大学社会人ドラフト4位で巨人に入団すると、1年目から2軍で存在感を発揮。

シーズン途中に1軍昇格すると、6月6日のロッテ戦で世界初となる、プロ初打席サヨナラ本塁打という強烈なインパクトを残す。

1年目はそのまま1軍に長く帯同して、主に代打や守備固めとして35試合に出場。目立つ活躍はもう1本本塁打を打ったのみに終わったが、将来の長距離砲としての期待も抱かせるルーキーイヤーとなった。



期待が膨らんで迎えた2年目は、開幕1軍を勝ち取ったものの、1軍では思うような結果を残せず。

14試合でノーヒットに終わると、イースタンでも前年を下回る成績に。ここから苦難のシーズンが続くことになった。

2010年はイースタンで打率.321、12本塁打と圧巻の成績を残したものの、1軍外野陣にはラミレス、長野久義、松本哲也、高橋由伸、谷佳知らが鎮座。

加治前に順番が回ってくることはほとんどなく、わずか4試合の出場に終わる。

 

そして2011年は、イースタンで4本塁打と長打力をアピールしきれず、1軍でも目立つ活躍は果たせず。

翌2012年はキャンプの紅白戦でマシソンの投球を頭に受けるなど、恵まれないシーンが続いた。

それでもその2012年は、春先に1軍昇格して決勝タイムリー。4年ぶりの打点を記録すると、その後も代打を中心にたびたび起用され8打点。結果的にキャリアハイのシーズンを過ごすことになった。

 

それでも中堅選手に突入した2013年は、イースタンで打率.246、4本塁打に終わって1軍は3試合のみ。

翌年もイースタンで似たような成績に終わると、プロ入り後初の1軍出場無し。

オフに戦力外通告を受け、現在は社会人に活躍の場を移している。



通算成績

2008 35 35 35 8 2 2 .229 .270 .429
2009 14 7 7 0 0 0 .000 .000 .000
2010 4 3 3 0 0 0 .000 .000 .000
2011 6 9 9 2 0 0 .222 .222 .222
2012 47 68 62 15 0 8 .242 .284 .274
2013 3 3 3 0 0 0 .000 .000 .000
109 130 119 25 2 10 .210 .246 .286

1軍では結局まともに出られたのは2年だけ。それもほとんどが途中出場という形でした。

それでもその2年間のインパクトは、計り知れないものになりました。

本当は若いときにもっと1軍出場が増えていたら面白い存在だったと思いますが、その頃は他の若手選手が毎年のように出現していました。

最初の少ない機会で、アピールを続けることができなかったのが悔やまれます。

 

PICK UP GAME

2008年6月6日vsロッテ第3回戦(東京ドーム)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 R
0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 3
0 0 0 1 1 1 0 0 0 4

:M.クルーン(1勝17S)

:川崎雄介(2敗)

本塁打:小笠原道大9号(4回ソロ)加治前竜一1号(10回ソロ)


試合概要

敵地での2連戦は連勝で終えていた、この年のロッテとの交流戦。

本拠地で迎えた第3戦は、野間口貴彦と清水直行の投げ合いでスタートした。

初回、2回とランナーを出しながら凌いでいた野間口だったが、3回にホームランで先制を許すと、さらに四球とヒットでこの回3失点。役割を果たすことが出来ないまま、リリーフにマウンドを譲る。

 

打線は3回までわずか1安打に抑え込まれていた清水から、4回に小笠原道大のソロで反撃開始。5回に清水隆行の犠牲フライで追いつくと、6回にはラミレスの内野ゴロで同点に追いつくことに成功した。

野間口の後を受けていたリリーフ陣は、4回から山口鉄也、越智大祐、西村健太朗を2イニングずつ起用する(当時しか出来ない)贅沢なリレーで、9回まで無失点。

延長に突入した10回は守護神のクルーンがクリーンナップを抑えると、その裏途中出場のルーキー・加治前竜一にサヨナラホームランが飛び出して劇的勝利。

加治前のこの一打は、プロ初打席サヨナラ弾という過去例を見ないもので、クルーンも移籍後初勝利となった。


活躍

10年以上前のこのサヨナラ弾ですが、この時の状況を正確に把握できている人は少ない印象です。

なんとなく、「プロ初出場の選手が代打で出てきてサヨナラホームランを打った」と勘違いしがちですが、実際はこの試合の前から守備固めとして1軍デビューはしていて、この試合は途中からライトの守備に入っていました。

逆に考えると、この打席がプロ初打席だったこと自体が、運命的な巡り合わせとも言えそうです。

 

また、このホームランそのものも、外の球を踏み込んでライトスタンドに運んでいったもの。

175cmと決して大きくない体の、奥に秘められたパワーが解き放たれた瞬間でした。

 

思いで

個人的に「ラッキーボーイ」と言われると、この選手を思い出します。

特にそう感じるのが2012年の方で、この年挙げた8打点のうち、4打点が決勝打に。

4月の決勝タイムリーに始まり、5月には決勝の犠牲フライ。

7月26日の横浜戦で、決勝の押し出し四球を選んだときは、本物だと思いました。

 

「加治前が出れば何かが起こる」

出場機会の少なさからしても、常にそんな雰囲気をまっとた選手でした。

じゃあね~また明日~

おつあんず~





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