立岡宗一郎~あの時、呼ばれたのは松原じゃなかった

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背番号変更シリーズもラスト2人。

今回は、背番号「58」→「39」に変更の立岡宗一郎について書いていきたいと思います。

 

まず皆さんこの変更の背景覚えていますか?

丸の入団会見があったのと同日、しれっと発表されました。

原さんからは「そっちの方が良いだろ」みたいな感じで伝えられたらしく、全体的にすごくふわっとした変更だったと記憶しています。

 

でもね。私この変更聞いたときにもの凄くしっくりきたんですよね。

言葉での説明ができなくて申し訳ないんですけど、「立岡宗一郎」という選手のイメージと「39」という番号がとてもマッチしているように感じるんですよね。今並べてみても非常に美しく思います。いや~原さんよく分ってるな~と。

…完全に置いてけぼりの方もいると思うんでちょっとは番号について触れていきたいと思います。

 

タッピはホークスからトレードで来てからずっと「58」を着けていました。(あ、メルCと同じで基本この呼び方でいきます笑)

2013年に初ヒットを打っても、2015年にリードオフマンとして活躍した後も、背番号が変わることはありませんでした。

気付けば巨人の58は立岡宗一郎しか浮かばないレベルではあったんですが、やはり近年の低迷を受けての気分転換といったところでしょうか?

 

「39」になった経緯も真剣に考えてみますか?推測でしかないですが。

大前提として、原さんが私と同じシンパシーを感じて「立岡宗一郎」と「39」を繋いだのではないとしておきます。

まず、「49は外国人に着けさせたい」という想いと「健太朗の35を右の本格派ピッチャーに着けさせたい」という想いが同時に起こります。その流れで桜井が35に慎吾が桜井の36になります。

49を外国人に着けさせたいところで、ちょうど良い感じの存在だったのがヤングマンです(メルCは黒人ということもあって42の方が良かったんでしょう)。ということで、そのままヤングマンが49に決まります。

こうなると39が空いてしまいます。基本的に若い背番号を空けておく意味はないので、誰かしらを詰めたいところ。候補を見渡したところ、近年苦戦が続いているタッピが目にとまった。

こんな感じじゃないでしょうか?非常にどうでも良いですが。

 

例によってタッピの去年の振り返りと今年の展望をしていきましょう。

昨シーズンはオープン戦でのアピールもあり、開幕1軍スタートを果たしました。そして、チャンスは割とすぐにやってきました。

開幕4戦目に岱鋼がデッドボールで戦線離脱。この時点で純粋な中堅手はタッピしかいなかったので、そこそこ出場機会もありました。

開幕6戦目は1番センターで出場すると、3盗塁で持ち味を見せつけました。

しかしその後は続かず、挙げ句の果てには「センター・中井」まで試される始末。レギュラー獲りの大きなチャンスでしたが、気付いたときには2軍落ちとなってしまいました。

 

それでもここで終わらなかったのが良かったです。

9月になって重信が怪我で離脱すると1軍に昇格。順位争いを繰り広げた甲子園での阪神戦では、終盤に代打で決勝タイムリー。最後の最後で何とか存在感をアピールしました。

 

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nagatomo

名古屋在住の巨人ファン 「巨人第一主義」が座右の銘 毎日更新中!!

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