私にとっての内海哲也

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気付いたらこの日になっていましたね。

もちろん今年最後の投稿になります。よろしくお願いします。

 

テーマに関しては、発表されたその時から決めていました。「大晦日はこれで行く」と。

ただ怖いのは現時点で構成も何も決まっていないということです笑

ほとんど行き当たりばったりで書いていくことになるのでご了承下さい。

 

まずこっちのリンクだけ貼っておきますね

内海哲也が人的補償で西武に移籍~何故内海はプロテクトを外れたのか~

記事内でも言及していますが、これの中では「内海哲也という選手」についてはほとんど触れていません。

ということで、今回は移籍のことにはほとんど触れないで、「内海哲也という選手」についてだけ書いていきたいと思います。

 

内海哲也。私の中での、最初のエースピッチャーです。

と言うのも、私は上原浩治の全盛期を知りません。二岡さんを知り、野球というスポーツを認識したのが2006年。本格的に巨人ファンとしての意識を持ち始めたのが2007年です。

その年、エース(というか先発1番手)という立ち位置だったのが、高橋尚成さんです。しかし翌年、その座についていたのはグライシンガー。次の年はディッキー・ゴンザレス。更に翌年は東野峻さん。見事なまでの年変わりでした。

そんな中、内海は毎年ローテの2番手程度という扱いでした。

 

この流れが一気に変わったのが2011年。

新たに導入された「統一球」の影響も相まってか、これまで2番手に甘んじていた悔しさを払拭する活躍を見せます。

序盤から勝ち星を重ね、最多勝が視界に入る位置まで来ました。中日・吉見一起とのデットヒート。時には延長10回を投げ抜きながら、何とかあと1勝で最多勝というところまで持ってきました。

迎えたシーズン最終戦。2点ビハインドの5回からマウンドに上がった内海は、いつものように横浜打線を抑えていきます。そして9回裏、長野久義の代打逆転サヨナラ満塁ホームランによって勝利投手に。18勝目を挙げ、最多勝に輝きました。

 

今までずっと苦労して殻を破りきれなかった選手が、ついにエースになった。当時の巨人ファンは、皆そういう思いだったのではないでしょうか。

しかしここで終わったらこれまでの投手と同じ。本当の意味で「エース」と呼ばれるためには、翌年も説得力のある数字を残さなければ行けませんでした。

 

そして2012年シーズン。チームには同じ左投手で実績も豊富な杉内俊哉がFA移籍。前年、ルーキーながら200イニングを投げ抜いた澤村拓一も含め、虎視眈々とエースの座を狙っていました。

序盤で目立ったのは杉内。内海、澤村で落とした開幕カードの3戦目でチームにシーズン這う勝利をもたらすと、5月にはノーヒットノーランを達成。ホークス時代に引き続き、巨人でもエースになっていくのかと思われました。

そこに待ったをかけたのが内海。序盤は負けが先行したりしたものの、チームが勢いに乗った中盤以降に一気に加速。終わってみれば15勝&防御率1点台と、杉内・澤村を上回って見せました。

その流れで日本シリーズのMVPも獲得。名実ともに巨人のエースに登り詰めました。

 

翌2013年、菅野智之が入団してきてもその座は譲らず、シーズン通してローテーションの1番手に君臨し、CS・日本シリーズではその開幕投手を務めました。

 

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nagatomo

名古屋在住の巨人ファン 「巨人第一主義」が座右の銘 毎日更新中!!

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